2026年8月29日土曜日

普通に働く

 

実は営業と現場の給与格差があった会社に在籍していたので、それ故に何かと悩み事が多かったのですが、と言っても現業の給与が低かったというのではなく、営業の給与が高かったために『この営業の仕事量(契約数)で、面倒臭いことは現場に振ってこの給与?』という社内的なジレンマがあった時期があったのです。


0を1(実際の契約)にする仕事は簡単ではないが、1を10にする他部署の仕事(実務)も簡単ではない。


営業自体は簡単な仕事ではないと理解はしますし、一般社員よりも拘束時間が長かったりするので、ある程度の社内的な給与格差を敷く必要はあるし、モチベーションを上げるという意味では契約に応じた歩合的なものも必要かもしれません。


営業からすれば、契約とってきてすげーだろ!

と思っていても

関係部署からすれば給料をもらっているのだから当然でしょ、偉そうにするな!

と、あまりにも社内的な給与格差があると、両者歩み寄れない分断が社内で起きてきてしまう訳です。



どの業界も花形部署というものがあるのは当然の事ではありますが、所謂利益を生まないと言われる事務部門等に関しても会社全体から見れば必要な部署である訳です。


つまり何が言いたいかというと、色んな人、色んな部署、色んな組織団体が有機的に絡み合い助け合うことで企業だけでなく、地域や国そのものが成り立っていると考えるのが大人の知性というものでは無いでしょうか。



普通に働いて普通の給料を貰えば普通の生活ができる。

これって実は結構日本人の多くが望んでいる事ではないでしょうか。

また、昭和の時代まではこんな世の中だったきがします。


しかし最近は、税金が高い、給与が少ないのをちょこっとSNSで愚痴ると、頑張りが足りない、学生時代の努力不足、転職しろ、俺はここまで頑張った~などの意見があふれんばかりです。


確かにそれらの言わんとすることは理解は出来ますが、ここ最近の物価上昇に賃金上昇は追いついているのでしょうか。


また、徴税そのものの理解はどこまでできているのか疑問しか湧かないです。


それらの愚痴は『普通に働き、普通に生活したいだけ』を言っているだけです。



30年前よりも諸外国は物価も賃金も倍近くに上がっているにも関わらず日本ではほぼ横ばいだったものが、ここ最近の急激な物価高や各種税金の国民負担率は上がる一方。


これでは普通に働いている人が30年前の様に普通に生活できるレベルなのかは考えればわかることですし、指摘するところはその個人そのものではない気がします。


昭和を懐かしむ動画やSNSが流れてきますが、稼いだもん勝ち、お金が全てという新自由主義の令和の世の中に嫌気をさしている人が増えたのも事実。


江戸の大工の様に宵越しの金は持たないという不安の無い景気のいい世の中にならないですね。



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